Sweet Survivor

青緑の狭間に生きる

感情と表現のつながり

 

 

最近、感情が乗ったパフォーマンスとは何かということに関して考えている。感情が乗ったというと堅苦しく感じる人もいるかもしれないけど、言いかえると「気持ちの入ったパフォーマンス」だ。こう言ってみると普段割と目や耳にする言葉ではないか。ここで指すパフォーマンスとは歌やダンス、演技である。こうしたパフォーマンスってその出来に感情の入っているように見える / 入っていないように見えるが大きく関係してくるのではと思う。感情の入っているように見えるそれなら見ている / 聞いている人の心を動かせるし、反対に感情が入っているように見えなければ見ている / 聞いている人からすると白々しく感じてしまう。

難しいな、と思う。あまり感情が入っていても重くなるし、かといってないとつまらない。その微妙な塩梅が演者のセンスというものなのだろうか。そもそも自分の中に秘めておく感情という存在を放出するということは訓練が必要なことではないか。ダンスで感情を表現する、という舞台を見たことがあるがその踊りはもちろん演者の表情1つでも「楽しそうだな」や「ギラギラしてる」などと感じ取れて、感情の乗ったパフォーマンスはこういうことを指すのかなと思った。

 

 

もう500字も前書き書いてしまった。さっき出した舞台の例はプレゾンです。この間出した記事が思ってたより多くの人に見てもらえていてうれしい反面失礼に当たらないか心配しています。今日はMi Amor~あなたという光~についてつらつらと主観的に書こうかと。この曲は2012が初出で2015もやってたのですが、今回は手元にある2012年の映像を見た感想を書いていきます。

 

PLAYZONE`12 SONG & DANC`N。II。 [DVD]

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 この曲はプレゾン用に作られた曲。今井さんのソロであり、御本人が得意なフラメンコのような振付やガットギター(でいいの?)のような音色の入ったスパニッシュなナンバー。この曲のタイトルの「Mi Amor」とは「私の愛」だったり「私の恋人」といった意味があるそう。もちろんスペイン語です。タイトルから重苦しそうと想像がつくかと思うのですが、歌詞の内容もあなたについて重い愛を吐露しています。切実で胸を締め付けられる。歌い方も切なく、しぼりだしてきたかのような苦しみをうかがわせる。パフォーマンスも光をあなたと見立てて光(=あなた)を追うものなんだけど、一挙動するごとに色気が振りまかれていて過多でおかしくなりそうになる。ね、あのパフォーマンスしたとき30歳ってほんとですか?本当はあと5歳くらい上なんじゃないんですか?ってくらい大人な雰囲気。あれをJr.担の未成年の子も見ていると思うとちょっと加減してくれや〜と思わなくもないほど。

 

もちろん、ずーっとすきなにゅすのかわいくてかっこよくてきらきらしてるのもだいすきだし愛してるんだけどもたまには違う味も食べたくなるってやつよ。わかってくれ…などと言い訳しながら何回もリピートしてしまった。にゅすはすきなんだよ、ほんとうに。(盛大な言い訳)